2015年6月6日土曜日

公法系第2問


第1                     設問1 

1 Xとしては処分の差止めの訴え(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)37項)として本件命令の差止めを求めることが考えられる。

(1)    「一定の処分」が「されようとしている」といえるか。(行訴法37項)

ア 「一定の処分」とは行政庁の第一次的判断権の尊重の観点から、裁判所の判断が可能な程度に特定された処分をいう。そして、処分とは国または公共団体の行為のうち当該行為によって国民の権利義務を形成し又はその範囲を画することが法律上認められているものをいう。「されようとしている」といえるためには、事前救済の必要性の観点から、近い将来当該処分がされることが相当程度の蓋然性をもって予想されることを要すると考える。

イ 本件についてみるに、前提として処分性を検討するに本件命令は消防法122項に基づきY市長により発せられるもので、これにより本件取扱所の具体的な移転義務がXという個人に課せられるものであり、個人の権利義務を直接変動させるものであるから処分性が認められる。

 本件命令の内容は本件取扱所の移転命令という形で裁判所が判断可能な程度に特定されているから「一定の処分」といえる。

 そして、Y市消防行政担当課は本件葬儀場が操業開始されれば本件命令が確実に発せられることを表明しており、本件葬儀場は平成275月末には操業開始が予定されているから、相当程度の蓋然性をもって近い将来本件命令が発せられることが予想される。

ウ したがって「一定の処分」が「されようとしている」といえる。

(2)     Xは本件命令の相手方であるから、処分の差止めついて「法律上の利益」(行訴法37条の43項)は当然に認められる。

(3)     本件命令はいまだ発せられておらず、本件命令には前述のとおり処分性があるため抗告訴訟のうち差止め訴訟によるしかない。本件命令は後述のとおり一度発せられたら回復困難な損害が生じるので、のちの取消訴訟によって争ったとしても実効性を欠く。したがって「他に適当な方法」(行訴法37条の41項ただし書)がないといえる。

(4)     「重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法37条の41項)が認められるか。

ア 「重大な損害」といえるためには、差止め訴訟が法定された権利救済の拡大の観点から必ずしも事後的な金銭賠償による回復が不可能であることまでは要しないが、金銭賠償によることが困難であることを要する(行訴法37条の42項参照)。

イ 本件についてみるに、、本件命令が発せられれば消防法122項により移転が義務付けられ、適法に営業できなくなりうる上に、Y市では移転命令に際し処分の相手方を公表するという措置をとっているから本件命令とともに公表がなされることは確実である。公表がなされれば、Xに対する取引先の信用を損ねることになり、一度損なわれた信用は回復が困難である。移転費用や操業停止等による金銭的損害をも考慮すれば、Xの事業の存立にかかわる損害を生じるものであり、事後的な金銭賠償による回復は困難である。

ウしたがって「重大な損害を生ずるおそれ」が認められる。

2 よって上記訴訟を適法に提起できる。

第2                     設問2

 1 本件基準の法的性質

(1)     危険物政令911号ただし書は本件命令の根拠法規たる消防法12条2項および同法104項の委任を受けた政令である。危険物政令9条11号ただし書は「市町村長等が安全であると認めた場合」について同号本文の保安距離の短縮を認めており抽象的文言をとっていること、前述の条坊法が1条において「火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護する」ことを目的としており上記目的の達成のためには地域の実情に応じた防火設備等についての知見を要することから、危険物政令9条1項ただし書該当性について市町村長等の専門技術的判断にゆだねる趣旨であると解され、Y市長に要件裁量が認められる。

(2)     本件基準はY市長が同号ただし書の適用に当たってよるべき基準を示したものであり、裁量行使の合理性を担保するものであるから、裁量の基準である。

(3)     同号ただし書は製造所等の設備そのものに変更がない場合に、消防法122項に基づく移転義務が生じることをできるだけ防ごうとする趣旨の規定である。そして本件基準は裁量行使の合理性を担保するためのものであるから、合理的なものでなければならないが、本件基準①は建築基準法上倍数制限が置かれていない工業地域について倍数50以上であることをもって一律に保安距離の短縮を認めない運用をとっており、上記のただし書の趣旨に反するものであって不合理である。

 したがって本件基準①を適用すべきでない。

(4)     危険物政令9条11号ただし書は既存の製造所に関して適用されることが想定されており、新たに設置される製造所に適用されるものではない。そうだとすれば前述の保安距離の短縮による移転義務回避の趣旨から、安全性についての判断は既存の施設の設備状況、対応等を考慮して個別具体的になされるべきである。

 本件基準②は倍数10以上の場合には一律に保安距離を20メートルとしているが、上記趣旨から本件基準②を既存の本件取扱所について適用すべきではない。

 Xは本件基準③で定める高さ以上の防火壁を設けることや法令で義務付けられた水準以上の消火設備を増設する用意があるのだから、実質的な危険は生じない可能性が高いから、かかる点を考慮して保安距離を短縮すべきである。

2 危険物政令911号ただし書と同23条の関係について

(1)     危険物政令23条は、昭和34年の消防法改正によって統一基準が設けられたことに伴い、基準に適合しない特殊な建造物等の出現に備えてもうけられたものである。そうだとすれば同23条はそもそも同9条の基準を適用すべきでない場合を規定したものであると考えられる。

(2)     もっとも同911号ただし書は保安距離の短縮について行政庁の合目的的な裁量にゆだねており、実質的には保安距離の基準を適用しないことと同じである。そうだとすれば、911号の基準以外の基準の適用を認めつつ、同23条の適用を認めることは、建造物の構造に応じて柔軟に一部の基準を適用除外することで実情に応じた対応を可能にするという趣旨にかなうものである。

(3)     本件についてみるに本件取扱所はXが法令で定められた基準以上の防火措置をとることによって、同23条の適用の余地もありうるものである。

3 上記の事情を考慮することなく、本件基準を適用して本件命令を発することは、安全性に関する実質的な考慮を欠き重大な事実の基礎を欠くことになり、Y市長の裁量の逸脱濫用(行訴法30条)となる。

第3                     設問3

 1 損失補償(憲法293項)が認められるか。

(1)     損失補償は特定人の財産権に対し制約を加える際にその損害を公平に分担しようとするものである。もっとも「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」(憲法292項)とされ、もともと内在的制約の要請が強い。そうだとすれば「公のために用ひる」とは特定人の財産権に対し財産権の本質的な部分に対するような強度の制約(特別犠牲)があった場合をいい、財産権の内在的制約が現実化したに過ぎない場合には原則として特別犠牲に当たらないと考える。もっとも、行政庁の行為を信頼し、長年にわたり当該財産権の内容が維持され、内在的制約の現実化の原因が行政庁の行為にある場合のように、損害を被処分者に負担させることが著しく正義に反するような事情がある場合には、信義則上(民法1条)損失補償を認めるべきである。

(2)     本件についてみるに、消防法12条はそもそも本件取扱所について消防法104項の基準に適合することを条件として設置を認めており、本件葬儀場の設置に伴う移転命令は基準の不適合という内在的制約の現実化に過ぎないから特別犠牲に当たらないとも思われる。

 もっとも、本件取扱所は平成17年から現在に至るまでの約10年もの長期にわたり本件土地で適法に操業を続けていた。本件葬儀場の所在地はもともと葬儀場の建設の許可されない地域であり続けたのにもかかわらず、平成26年の都市計画決定によって初めて建設が可能となったのである。そうだとすれば、上記の内在的制約の現実化は専ら行政庁の行為によって生じたものであり、それによってXは多大な負担を強いられているのであるから、これを補償しないことは著しき正義に反する。

(3)    したがって特別損害に当たる。

2 よって損失補償は認められる。 以上

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