2015年6月6日土曜日

刑事系第1問




第1 甲の罪責(以下刑法は法名略)

1 1215日午前1030分、A社本社ビル新薬開発部において金庫の中の新薬の書類を甲のカバンに入れて持ち出した行為に窃盗罪(235条)が成立するか。

(1)    新薬の書類はA社が所有するものであるから「他人の」ものである。新薬の書類自体はA4の紙片にすぎず、財産的価値に乏しいが、そこに記してある新薬の情報はA社にとって企業秘密であり重大な財産的価値を有するからこれが化体した新薬の書類には財産的価値があり、「財物」といえる。

(2)    「窃取した」といえるか。

ア「窃取」とは相手方の意思に反しその占有を自己または第三者に移転することをいう。

イ本件では甲は犯行当時、新薬開発部部長ではなく、新薬の書類を金庫に入れて保管する地位になかったから、新薬の書類の占有を有していなかった。甲は新薬の書類をライバル会社に売却するつもりで持ち出しているが、A社としては企業秘密をライバル会社に売却されることは許容しないものと考えられ、意思に反するといえる。新薬の書類はA4コピー用紙10枚であり、折りたたむなどして容易に隠匿し被害者の追及を免れうるからこれを甲のカバンに入れた時点で甲に事実上の支配が移り占有を移転したものといえ、既遂に達する。

ウしたがって「窃取した」といえる。

(3)    毀棄罪と財産財たる窃盗罪の区別の必要性から、窃盗罪の成立には不法領得の意思、すなわち権利者を排除して物の経済的用法に従って利用処分する意思をようすると解されるところ、甲は新薬の書類をライバル社に300万円で売却し支社長として抜擢されようという意思を有していたから不法領得の意思が認められる。

(4)    したがって上記行為に窃盗罪が成立し、後述のとおり乙とは横領罪(2521項)の限度で共同正犯(60条)となる。

2同月15日午前1117分、B駅ホーム付近においてCから鞄を取り返そうとCの所持する鞄の持ち手をつかんで引っ張ってそのかばんを取り上げ、これによってCを転倒させ手のひらを擦りむく加療1週間の傷害を負わせた行為に傷害罪(204条)が成立するか。

(1)    鞄を引っ張る行為は不法な有形力の行使として「暴行」(208条)に当たり、これによってCは転倒して上記生理機能障害たる「傷害」(204条)を負っている。

(2)    甲のカバンを取り返すための目的であるが、実際にはCが所持していたのはC所有のカバンであり、「急迫不正の侵害」(361項)を欠くから正当防衛(361項)は成立しない。

(3)    もっとも甲は自己のカバンを奪われまいとして上記暴行に及んでおり、急迫不正の侵害を誤信していたから誤想防衛が成立し、責任故意(381項)が阻却されないか

アそもそも故意責任の本質は反規範的人格態度に対する道義的非難にあり、違法性阻却事由の存在を誤信している場合には規範に直面しえないから、かかる場合には故意を阻却する。

イ本件についてみるに、甲はCに自己のカバンを奪われたと思っており、鞄をもって電車に乗られてしまえば回復は困難となるから急迫不正の侵害を誤信していたといえる。「防衛するため」という文言および社会的相当性の見地から防衛の意思、すなわち急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態を要するところ、甲は鞄を奪われたと思い持ち去られることを防ごうとしたのであるから防衛の意思が認められる。そして「やむを得ずにした行為」とは社会的相当性を逸脱しない法益侵害としての違法性阻却事由の本質から、反撃行為としての相当性をいい、責任故意の阻却には主観面での相当性を満たせばよい。甲が認識したのは甲のカバンという財産権の侵害で、これに対し反撃したのはCの身体の安全であるが、甲のカバンには新薬の書類が入っておりこれは300万円で売却される予定であった。不法な手段によって手に入れたものであり所有権はいまだA社にあるが、財産秩序の維持という刑法の目的からすればこのような不法な利益もいまだ保護に値し300万円ほどの価値のある甲のカバン全体を取り返すためにCに擦り傷程度のけがを負わせることも法益の均衡を著しく失するものではないから、相当性を失わせない。甲のカバンを取り戻すには出発間際の電車に乗られる前に取り戻すことが肝要であるところ、甲はCに対し鞄を返すよう呼びかけても返事はなくCは鞄を持ち去る気配を見せていたのでこれを防ぐには持ち手を引っ張ることが必要であった。そして、甲はCにくらべ高齢であり、Cは体格も甲と同じ程度であるのだから、鞄を取り返すためには上記暴行程度に力を入れて引っ張るよりほかなく、最小限度のものといえる。したがって主観面では防衛行為の相当性が認められる。

したがって主観面で正当防衛の要件を満たす。

ウよって誤想防衛が成立し、責任故意が阻却される。

(4)    以上より傷害罪は成立しない。

3もっとも甲はCのカバンをよく確かめることもせず自己のカバンだと誤信し、問いただすなとの手段をとることなく暴行に及んで傷害を負わせているから、傷害発生につき「過失」2091項)があり過失傷害罪(2091項)が成立する。

4Cのカバンを奪った点については、「他人の財物」であることの認識を欠き、窃盗罪の故意を欠くから、同罪は成立しない。

第2 乙の罪責

1甲に新薬の書類を持ち出すように働きかけた行為について共謀共同正犯となるか

(1)    そもそも共同正犯の一部実行全部責任の根拠は相互利用補充関係の下に複数人が特定の犯罪を実現する点にある。そして実行行為を担当しないものでも①共謀②共謀に基づく実行行為③正犯意思があれば相互利用補充関係が認められ、共謀共同正犯を認める。

(2)    本件では、121日、乙は当時新薬開発部長であった甲に新薬の書類を持ち出し事故に売却するよう持掛け、甲はこれに応じている。新薬の書類について、通常下位者の占有は占有補助者として上位者に属するが、部長職として高度の信頼関係の下金庫の暗証番号を通じてA社から新薬の書類の保管を委託されていた甲には独自の占有が認められる。甲がこれを持ち出す行為は権限逸脱行為として横領行為にあたるから、上記共謀は横領罪の共謀である。(①)そして甲は1215日金庫から新薬の書類を持ち出している。かかる持ち出し行為の時点で甲は財務部に異動になっており、占有者たる身分を有しないから、持ち出し行為は窃盗罪であるが、甲がかかる行為に出たのは乙から持ちかけられたからであり、占有者という身分の有無を除いて当初の共謀通りであるから実行行為は共謀に基づくといえる(②)乙は新薬の書類を手に入れることで自己の社内での地位を向上させようとしており、自ら主体的に関与しているから正犯意思が認められる(③)

乙は共謀の時点で占有者たる身分を有しておらず、また、委託信任関係に基づいて新薬の書類を占有するという「業務」者(253条)の身分を有しない。しかし非身分者も身分者を通じて法益侵害が可能であり、651項の「共犯」には共同正犯を含むと解さる。651項は真正身分犯の成立と科刑を、同条2項は不真正身分犯の成立と科刑を規定したものと解されるところ、1項により業務上横領罪の共犯となり、2項により単純横領罪の限度で共同正犯となる。

(3)    もっとも、乙は甲が占有者たる身分を失ったことを知らなかったことから、窃盗罪の故意を欠き犯罪が成立しないのではないか

アこの点、故意責任の前述の本質より、主観面で意図した犯罪の構成要件と客観面で実現した犯罪の構成要件が異なる場合、規範に直面したといえないから原則故意は阻却される。もっとも構成要件の実質的な重なり合いが認められる限度で規範に直面しうるから、かかる限度で故意を認める。

イ本件では、横領罪の認識で窃盗罪の共同正犯を実現しているが、両者は占有侵害の有無という点で異なるものの同じ財産財であり、占有侵害を伴わない軽い横領罪の限度で実質的に重なり合いが認められる。

ウしたがって横領罪の限度で故意を認める。

2以上より乙の行為に横領罪の共同正犯が成立する。

3 丙の罪責

1同月15日午前1116分、B駅の待合室のベンチに置かれた甲のカバンを抱えて警察に届けた行為に窃盗罪が成立するか

(1)    「窃取」の定義より、窃盗罪が成立するには被害者に目的物の占有があることを要する。占有の有無は事実上の支配が及んでいるかどうかについて、取り返しの可能性を考慮し社会通念上にしたがって判断する。

本件では、甲が甲のカバンを置いてからわずか1分後のことであり、甲の立っていた自動券売機の位置から待合室内を見ることはできないものの、距離にしてわずか20メートルであり、甲丙以外に待合室を利用するものがいなかったことから多数の利用者による持ち去りの危険などはなく、社会通念上占有は甲に帰属する。丙が甲のカバンを警察に届けた時点で回復は困難となり占有は移転したものといえる。したがって「窃取した」といえる

(2)    もっとも、丙は甲のカバンを警察に届けることで留置施設で寒さをしのごうとしたのであり、不法領得の意思に欠けるから窃盗罪は成立しない。

2器物損壊罪における「損壊」(261条)は物の効用を害する一切の行為をいうところ、単に一時的に物を隠匿する行為もこれに含まれるから、丙が甲のカバンを警察に届けた行為には器物損壊罪(261条)が成立する。

4 罪数

甲の行為にはA社に対する窃盗罪とCに対する過失傷害罪が成立するが、両者は被害者を異にし、罪質も機会もことにするから併合罪(45条)となる。     以上
 

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